2012年04月01日

黄色いレンガ道(嶋田健史)

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」

だとしたら、幸福は永遠に見つからないのかもしれません。
だって、人間は愚かだから。
文化が生まれて何千年と歴史を重ねてきたのに、争いはなくならない。
誰もが平和を望むなら、とっくにそうなってもおかしくないのに。

でも、それがどうかたんですか?
人の醜さを知って、認めて、絶望して、どうするんですか?

それでも僕は信じたい。
人の可能性を。素晴らしさを。
世界がぜんたい幸福になるなんて考えられないかもしれない。
でも、せめて、自分の手の届く範囲の人を信じたい。
幸福を願いたい。

誰かが言いました。
それでも、疑うことなくまっすぐに信じる心。
それが、それこそが、「愛」なのだと。

宮沢センセイの生き方は愚直だったかもしれません。
でも、きっと誰よりも愛に溢れていた。


「世界がぜんたい〜」の言葉で有名な宮沢賢治の農民芸術概論綱要、その序論はこんな言葉で締め括られています。
「われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である」
探しに行こうと思ったのなら、僕たちは既にその道の上にいる。

なんだ。
もう歩いているじゃないか。

幸せを探す、黄色いレンガ道の上に。
僕らは。
posted by イエブリ at 08:35| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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